帰省

今日は、考えの畑、についての御言葉を聞きました。

他の教会とは1日ずれているかもしれません。
考えの石をと取り除いて肥沃な畑を作ろう、という話でしたね。
ちょうど、帰省しているときに、この話を深く考える体験をしました。
私の父は趣味で畑をやっています。今は夏野菜が収穫できるときで、トマトやキュウリ、ナス、オクラ、スイカなんかを作っています。
実家に帰ると家庭菜園で採れた野菜が食卓に並べられて、彩り豊かになります。
旬のものはいいですね。御言葉でいうと時にかなっているものは、体にいいです。
ただし。
今年、父はスイカに失敗しました。
大きなスイカが何個も取れたのですが、あまり甘くない。
僕が父に「去年はとても甘かったけど、今年はさっぱりしているね。」と言うと、父はしょんぼりしていました。
いろいろ話を聞くと、畑の土が悪かったそうで、来年は土を入れ換えると言っていました。
種は同じでも畑しだいで作物の出来が大きく変わる、今日の御言葉を悟らせるために、何ヶ月もかけてまずいスイカを育てたのだと、感謝しました。
同じ御言葉を聞いても、受け方はそれぞれです。良い実を結んで、先生に見せたいですね。
余談ですが、実家で映画、ミッションインポッシブルを見ました。
エンドロールに中国の会社が名を連ねていて、中国の躍進を目の当たりにしました。以前はそんなことなかったのに。


これからもいろいろと注目な国ですね。

文章の伝達力

明け方の時点では箴言が届いていませんでしたが、今は読むことができます。
主日の御言葉では文章の伝達力について先生もおっしゃっていましたが、こういうところもネックなんだと、先生のもどかしさが少し伝わってくる気がしますね。
郵便を出す時間が決まっているとか、何十回も校正するとか、手がかじかんで動かない、首が痛い、目が見えない。これらは言葉で伝えられるなら全部クリアです。
文章というツールは、読者が積極的に読み進めないと頭に入ってこない媒体なので、関心が薄い人には効果が薄いツールでもあります。
「流し読み」とか「斜め読み」、「既読スルー」なんて言葉があるように、文章は無視しやすいんですね。集中力が必要です。
また、テンションが伝わりにくいので表現による誤解も多いですね。だから文語体ってのがあると思うんですが。
熱を伝えようとして「!」たくさんつければいいわけでもないし。切実だから!!ほんとに!!!!みんな!!!!聞いてくださいよ!!!!!!!ってやってもスルーされたら終わりです。
一方、音声や映像は流しておけば自動的に話が進んでいくので、受ける方としては楽です。
最近RGOも聞くことが多くなりましたが、楽です、読むより。他の作業しながらでも頭に入るので、それが一番良い学習方法ではありませんが、受ける方としては楽です。日本キリスト教史とか、文章じゃ小難しくても音声だと入ってくるものがありますし、この人いい声してるなあとか、ハングルとか、中国語とか、何言ってるかわかりませんがそれでもテンションは伝わってきます。ああ、摂理は国際的で素晴らしいなあと、感じることがあります。
宣教を進めていくにあたって、やはり関心のない人に話をするには、やはり文章だけでは突風は起こらないと、感じた主日の御言葉でした。
僕も文章だけでやってきた人で、これからもっと文章を磨こうと思っていた矢先、このような御言葉が出まして、次の次元を指し示された気がして、どうしようというところです。
チョウンさんや先生の映像を見ながら研究です。世の中の話もしちゃうと、非営利団体のTED(テド)が、プレゼンを学ぶには良いと思います。
教会の男性社会人には教えたのですが、個人的にはこれが面白かったですね。
ウィル・スティーヴン 「頭良さそうにTED風プレゼンをする方法」
何にも話してないのに、なんかすごいような気がする。
とにかく、次元を上げる時です。