問題が大きくなる前に切実になって実践だ

今朝の御言葉は、「切実さ」の必要性について話してくださいました。

御言葉を伝えてくださった方が、「もっと次元をあげなきゃいけないんだけど、そこまで願っていない自分がいる」と仰り、祈っていた時にわかったのが「切実さが必要だ」ということだったそうです。

私もよくありますね。「このままでもいいかな」と思うことが。

しかし、「このままでいい」と思ってると途端に状況が悪くなって切実にやるしかなくなることが多いです。

「このまま」はいつまでも同じ状態にはとどまってはいないんですよね。

体重も「このままでいい」と思って何もしないでいたらどんどん増えていくだけです。

健康も「今のままならいい」と思って不摂生を繰り返していると、いつのまにか大変な病気になっています。

その時になって切実になるのはB級人生ですよね。

そうではなく、そうなる前に「自らわかって」切実に行わないといけないんですよね。

先日、私の幼馴染が亡くなったんです。

ガンでした。見つかった時にはすでに末期だったそうです。

そんなことがあっものだから、昨日誕生日を迎えた人に対して「おめでとう」というより「健康に気をつけろ」的なよくわからないメッセージを送ってしまいました。

昨日も書きましたが、この体は毎日3千個のガン細胞が生まれています。

それが意識できないのは、見えないからです。

映画なんかでは、悪が生まれるシーンが恐ろしく表現されていますが、実際の悪は誰にも気づかれないように忍び寄ってきます。

その場にカメラマンも照明さんもいません。

誰にも気づかれないところで、だんだん大きくなります。

だから、問題が大きくなってから気がついて、その時にようやく切実になっては遅いことがあります。

年始には、御言葉で「暴漢に追われるように走りなさい」と仰いました。

その通り、目には見えないけど、未来から良いことも良くないこともこちらに向かってきています。

目に見えてからでは遅いから、前もって行う必要があります。

ミリミリ。

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