力を注ぐと何かができる。「成せば成る」「E=mc2」の原理

善は善のエネルギーで作り、悪は悪のエネルギーで作るといいました。

サトウキビを煮詰めると砂糖の塊ができるように、神様のエネルギーによって人間の霊ができるのだといいます。

以前は、サツマイモから水あめを作るというたとえで話をしてくれたこともあります。

エネルギーが何かを作るというのは、化学式ではかの有名な「E=mc2」というものがありますね。

僕は科学についてあまり詳しくありませんが、質量とエネルギーは等価なので、エネルギーを注ぎ続けると何かができるのだそうです。

逆に、何かを壊すとエネルギーがでます。

原子爆弾はその原理を利用したものですね。原始を壊すことで莫大なエネルギーを発生させます。

今日の箴言では、善は善のエネルギーで作り、悪は悪のエネルギーで作るといいました。

悪いエネルギーを注いでいると悪いものができてしまう。良いエネルギーを注いでいると良いものができる。

悪いエネルギーを文学的に言うなら、恨みとかねたみでしょうか。

良いエネルギーは、熱心さとか切実さというものです。

そういうエネルギーを、私たちは生活の中で自然と使っています。それによっていろんな結果を招いていますが、それは私たちが使ったエネルギーの結晶なのだと考えることもできますね。

このブログもエネルギーを使って書いています。かれこれ10年くらい。

そうしたら、たしかに、何かができたっぽいです。肥料を与えていたら木が育っておいしい実がなるように。

その実をすでに享受していることもあるし、またはこれから享受することになるかもしれないことを、なんとなく感じることがあります。

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