電気は、もともと自然の中に存在しました。
昔は、たまに空をピカっと光るものだけが電気でした。
それが、数々の発見と発明によって、いつでも使い、好きなだけ享受することができるようになりました。
電気と同じように、愛や良心というものも、もともと存在するものです。
しかし、私たちは接し方を知らないので、愛や良心はたまに燃えるだけだと思っています。
いつでも使い、好きなだけ享受できるようになったらどれほど素晴らしいでしょうか。
そうなれば、現代の心の貧困は解決するでしょう。
愛をいつでも享受できるようにするための発見や発明は、信仰や御言葉があってこそ、成し遂げられるだろうと思います。