前もって行うことについての御言葉でした

わかってたけどやってなかったこと。

それは「なんでこのブログを書いている人は平日朝の御言葉のことについては書くのに、肝心の主日についてはなにも書かないの?」

ということです。そう思ってたんでしょ?どうせ。

なぜやっていなかったかといえば、大変だからです。

もともと、同じ教会の人に「朝に伝えられた御言葉の紹介」という趣旨ではじめた一言を、コピペしてきたのがこのブログでした。

だから、「せっかくの核心の御言葉が伝えられた日に僕の文章の影響を受けて間違った感覚を持ってしまったら嫌だなあ」と思って日曜日はなにもしませんでした。

しかし、毎日やることについてここしばらく必要であることを感じ、今日は書こうと思います。

と、日曜日に書いて下書き保存して、投稿し忘れました。

主日の御言葉は、「前もってやること」について教えてくださいました。

先週の主日に「1日3時間早く起きて行なったらどれだけながくいきられるか」について話してくださいましたが、それをさらに「神様の知恵」で強化したものを伝えてくださった感じですね。

ただ3時間早く起きるだけなら10年で3年分の長生きをしたことになります。

しかし、前もって行うことの本当の効果というものがどれだけ大きいのか、様々な例を出して教えてくださいました。

以前には、「明け方に仕事の腰を折ってから1日をはじめなさい」とおっしゃったこともあります。

また、「まずは魂で行なっておく」ということについても話してくださっていましたね。

だから、ただ時間を早く始めるだけでなくて、そこに神様の知恵が加わることでその効果は何倍にも大きくなるのだということです。

で、月曜日。今朝も時間の使い方についての御言葉でした。

最近、先生と手紙で疎通した方の話を聞く機会が多い気がします。

先週の日曜日に一回、金曜日に一回、今週の日曜日にも一回聞きました。

それを聞くと「いったい、御言葉も書きながら様々な手紙も出しながらって、どんな時間の使い方をしてるのだろう」と思ってしまいます。

しかも、それが上司がハンコを押すような一律な返事ではなく、人によってスタイルが違うようです。

「〜なの?」という小さな子どもに聞くようなスタイルの時もあるし、「〜にしなさい」と権威あるようにする時もあるし、「〜をしなきゃね」といった友達のような時もあります。

なかには「そんなこと書いたら人によってはつまずきそう…」というような冗談なのか本気なのか、受け取った人にしか恵みにならないことも書いてあるようで。

先生が亡くなられてから、すべての手紙のやりとりが公開されて全貌が明らかになったら「よくこんなことされてたな」って誰もがたまげると思いますよ。

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