プライドの持ち方で次元が変わる

プライドについて話す中で次元について御言葉をしてくださいました。

御言葉をしてくださった方は、たぶんいろいろ軽んじられたり「どっちが偉いか」みたいなやり取りがあったのだろうと思います。そういう雰囲気が経緯からうかがえます。なんでわかるかというと、私もそういう経験が多いからです。

それで対話する中で、「人間的なプライドを主張してぶつかるのではなくて、最後までやってプライドを持ちなさい。」という答えを得たのだと仰いました。

聖書でも弟子たちが「どっちが偉いか」を言い争う場面があるのですが、この「プライド」の問題は根強いです。

特に男性。

男はいつも「偉いかどうか」を考えて動いているところがあります。

女性がちょうど「美しいかどうか」をいつも気にしているように、男は「偉いかどうか」なんです。

女性がもしこれ読んでたら覚えておいてくださいね。

男性にとってのプライドは、女性にとっての化粧と同じです。

それがないと表を歩けません。みっともなくて。

だから、女性は男性に「そんなくだらないプライドなんてはやく捨てなよ笑」と感じることがあると思うのですが、それはけっして声に出してはいけません。

なぜなら、それは男性が女性に対して「そんな下手な化粧ならするなよwww」というのと同義だからです。

たとえ本当だとしてもガチでキレるでしょ。

だから、たとえしょうもないプライドだとわかっていても、男性はプライドを持っていきているわけです。

まあ、そのせいで私みたいな人はナメられることが多いのですが。

そこで、御言葉では正しいプライドの持ち方を教えてくださいました。

男性必見ですね。正しい化粧の仕方を学べます。

最後までやってからプライドを持ちなさい、と仰いました。

その最後とは、新しくなることだ、と仰いました。

心と思いを尽くして何かに取り組んでいると、周りはあまり気にならなくなります。そして最後まで行くと、次に何をすべきかが見えてくるようになります。

そうしたらそれに取り組む。人を意識している暇がありません。

軽んじてくる人は多いけど、気にならなくなります。

そうやって新しくなって行くことが、変わらないこと、正常なことだと仰いました。

箴言では、「心を開けること」について話してくださいました。

自分の考えでなくて心を開けなさいと。

人とぶつかってないで、やるべきことをやりたいですね。

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