私たちの目的

私たちの目的は、主のところまで命を運ぶことです。
参考になるかわかりませんが、僕はメンバー向けに御言葉の紹介をしていて、その目的は「紹介文内に貼られたリンクから御言葉を読んでもらうこと」としています。
リンクがゴールで、そこまでどうやって繋いでいくかを考えます。
自分の位置と、相手の位置と、サタンの配置を把握して、どのルートなら自然にゴールまで連れて行けるかを考えます。
そしてゴールまでの線を引いていきます。だから話の出だしがiPhoneのこともありますが、そこからロングシュートでゴールを狙えそうならいいんです。目的は目的だからです。
この方法は僕が見つけたわけではなくて、勉強して学んだ方法です。ビジネスで使われる「カスタマージャーニーマップ」という考え方で、文字通り顧客をどのように案内して購入まで連れて行くかの図を作成することです。
僕らは300とか600とかですが、その前は0から100の段階があったはずで、そこまでの道のりを歩いてきました。
これからはその道程を新しい人向けに整えていく、と考えれば、あえてカスタマージャーニーなんて使わなくてもいいんでしょうけど、切り口を変えると新しくわかることもあります。
それから、自分の位置と、相手の位置と、サタンの配置というのは、3Cといって、ビジネスの世界では自社(カンパニー)、顧客(カスタマー)、競合相手(コンペティター)として分析対象になります。
そして、その道を早く進んでもらうためには、多くの場合「早く!」と言わなければなりません。
「あとでー」という言い訳を封じるためです。
今日の御言葉は、私たちが新しく知っておくべきことを教えてくださった内容でした。とーてーも!大事で、さらに早く知っておかないと!認識が古くなって、ついには!古男さん、古子さんになってしまいます!!だから急いでください…と、かなり緩くやりましたが、こんな風に急かすと読んでくれる人が増えます。
間違えると信頼を失いますので、用法・用量を守って正しくお使いください。

時の必要性

ある主張をするときは、その論拠を述べなさいと、論文の書き方などで教わります。
必要性を述べると説得力が出るからです。
しかし、御言葉でおっしゃる「必要性」というのは、そういった「納得」のための必要性を超えて、「なぜ今しなければならないのか」の必要性まで含めたニュアンスがあります。
「あの日がどれほど貴重な日だったか。」
「必要性がわかったら安い時に月明洞の土地を買っただろう。」
「これから人生を左右する日が多い。」
時が入っていますね。
時の必要性までわかったら、誰でも慌てて行います。
なぜかというと、世の中でも時の必要性を訴求して消費者を動かしているからです。例
例えば、タイムセール。
あれもかなりしょぼい次元ですが、今の時が重要だということをアピールして販売につなげていく方法です。
または期間限定。
期間限定商品だと欲しくなるってこと、ありますね。
ほかにも「春夏モデル」とか「今だけ入会金無料」とか「今年の流行に乗り遅れるな!」とか「手遅れになる前に…」とか、時間を絡めた売り方をしている例はとても多いです。
マーケティングで効果があるっていうのが実証されている方法なんです。
使い方を間違えると信頼を失いますが、人を動かす力がとても強いのが時間ですね。
そして、この時の要素がないとなかなか人は動きません。
この前、摂理を出て行った人にあったんですが、いろいろ話をして、結局「いい話だね!さようなら。」となってしまいました。
いやいや、今やらんと、次いつ会えるかわからんでしょうに。と思ったのですが
その時は今以上に知恵がなくて行動を起こすことができませんでした。
どうして今やらないといけないのか、うまく説明ができる能力が必要です。
あともう一つ、日本人は、時に関してはとても敏感です。
日本人は時間に正確だと言われます。
電車が定刻通りに発着する様子は名物にもなっています。
もともと四季が正確に分かれているからでしょうか、時間に関してとてもシビアで、たとえば会社に1分でも遅刻しそうだとわかったら、起きて5分で支度して家を出られるし、いつもは人に対して遠慮するのにその時ばかりは人の迷惑を省みず会社に突っ走っていく民族性です。
まあ僕がそうなんですが。
日本は、今の時とか歴史とか、必要性が伝われば火がついて覆るんじゃないかと、最近思います。

証は広告

証というのは、宣伝や広告という意味に近いものがあります。
ですから、けっこう広告から学べることも多いです。
たとえばiPhone。iPhoneの証はこうです。
「今日アップルは電話を再発明する」
けして、「iPhone!iPhone!世界一!買ってください!」という、まるで選挙カーのような宣伝はしません。
ちなみに、あの選挙カーの宣伝の仕方で投票者を決めたという人の割合は、0.7%しかいないそうです。
あれは昔ながらの方法だそうで、法律の関係で今でも名前を連呼するしかないそうなんですが、あれだけの労力の割には対価が低い、古い方法だと言わざるを得ませんね。
このように、単純な証の仕方では、現代の人は広告慣れしているので見向きもしません。
だからどの会社も、自社製品のシェアを広げるために、どう証するかを毎日考えています。
理想は、押し付けではなく、自然にお客さんが商品を欲しいと思ってもらえること。
白い犬が日本語を喋っていれば、ソフトバンク面白いって思いますね。
熊が「○○だモン」と喋るようになってから熊本のイメージが上がりました。
「そうだ、京都行こう」京都の観光客が増えました。
こんなふうに、なんか惹かれる、というのがこれからの証の仕方であり、証の神である聖霊様の力でもあるんでしょうね。

メディアの使い方

メディアについての御言葉を聞きました。
以前ドコモのコールセンターで働いていた人から聞いたのですが、最近はYouTubeの見過ぎで通信制限に引っかかってしまった人からの電話が多いそうです。
中には禁断症状に陥った中毒者のように「動画を見せろ」と泣きわめく人もいるそうで、そういう話を聞くと、メディアも酒やタバコと同じところがあるんだと思います。
そういう僕も、ゴールデンウイーク中、実家では家族とテレビを見たんですけどね。シーッ!
ある番組で、芸能人が小学生にインタビューしていたんですが、そのやり取りに驚きました。
芸能人「休みの日は何をしているのー?」
小学生「ユーチューブー!」
僕の隣に座っていた父親が深いため息をついていました。
時代はどんどんそちらに方向に流れていっているのかもしれませんね。
もちろん、私たちはインターネットを通して御言葉を聞けているし、様々なメディアで御言葉を発信しています。
使い方を分かって、治めていきたいですね。

新しく始めること

新しくしなさい、という御言葉を聞きました。
新しく始めることは、既にあったものを維持発展させることとは違って、前例がない分、将来どうなるのかを計測することがとても難しいです。
しかし最近感じるのは、始めたときに、すでに祝福は用意されているということです。
ゴール地点で祝福は「まだかなー、おそいなあ…もしかして、来なかったらどうしよう。」と待ってるような、そんなイメージがあります。
あとは自分がそれを受け取るのにふさわしい器になれるかどうかなんだと思います。
いろいろ書きましたけど、シンプルに言えば、アドナイ・エレ。

ケンカをすると損をする

最近、兄弟を愛しなさいという御言葉が続けて出ていますね。
今朝、外でパンを食べていたら、スズメが3羽、足元に飛んできました。
そのうちの2羽がお互いを威嚇しだしました。
チュンチュンと鳴いたり、ピョンピョンと追いかけたり、体を大きく見せようと全身の羽毛をもふもふにしたりと、かなり本気で怒っていましたが、しばらくすると、取っ組み合いながら2羽ともどこかへ飛んで行ってしまいました。
ご飯を食べに来たのではなかったのかなあと思いながら、残った1羽にパンをあげました。
私たちも、争っている姿は、神様から見たらこんなものなのかもしれません。

ゴガツビョウ襲来と脳の治療

脳の治療、という御言葉を聞きました。
日本では、早ければ明日から大型連休に入る人もいらっしゃるでしょう。
そしてその後、脳の穴をついて出てくる悪霊がいます。
ゴガツビョウです。
ゴガツビョウは日本を生息地にする悪霊で、五月の初旬から中旬にかけて地上に姿を現し、おもに休み過ぎて緩んだ脳を食物としています。
そう、全部妖怪のせいなんです。
そんなゴガツビョウよりメッセージをいただいています。
「今年は例年より休みを長くとられる方も多くいらっしゃるので、今からとても楽しみです。サタン共々、みんながたくさん休まれることを願っています。あー忙しい。」
以上、悪霊界からの中継でした。

兄弟愛について

兄弟愛についての御言葉を聞きました。
兄弟に対して否定的な考えが浮かんでくるとき、もちろんあるんですが、そしてそれなりの理由があるものですが、結局はどれも言い訳でしかないなあと思います。
最終的に何が原因なのか突き詰めると、自分の足りなさってことになります。
世の中では幼い子供を虐待する親が増えていますが、それも、親が成長していないから起こることですね。
子供が泣き止まないから、とか、いうことをきかないから、というのはもちろん大変なことなんですけど、だから子供が悪い、っていうことにはならない。
僕もまだまだ足りないところは多いですが、磨いていきたいと思います。

価値を知るために

価値を知ることについて御言葉を聞きました。
価値を悟るコツについて、以前チョウンさんが「驚いて御言葉を聞くといい」ということを仰っていました。
息をのむ仕草をして衝撃を受けた顔をするんだそうです。
同じものを食べても、うまそうに食べた方が実際に美味しさがわかるし、与えてる方も嬉しいですね。

とくによく驚くのが、子供です。
うちの3歳の姪っ子も、口癖が「うわぁ〜」です。
なんでそこで驚くんだろうと、僕は思うのですが、本人はそれで楽しそうだし、その姿を見ているこちらも嬉しくなりますね。
これが人生の味なのかなあと思うわけです。

聖霊の力

日曜日に、ある教会が「お前はできる」という歌を披露しました。チョウンさんはそれをご覧になって「その歌、歌います。」と仰いました。

僕は「まさか、日本語だし」と思ったんです。
しかしその一週間後、月明洞で「お前はできる」が歌われました。
いつの間にか楽譜と音源をもらって練習されたんですね。
そして次の日曜までの間で、韓国語翻訳し、編曲し、歌を吹き込み、映像を付け、ナレーションを付け、合唱団を組織し、衣装を揃え、振り付けをし、日本語歌詞を覚えました。
英語字幕も出ていましたね。
とにかく豪勢で、かなり盛ってました。
しかも突貫工事をした様子もなく、楽しそうに歌っていました。
これが聖霊の力。